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プログラム・ノート

★ブラームス 悲劇的序曲 ニ短調 作品81

 ブレスラウ大学から名誉博士の称号を受け、これに応えて作曲した「大学祝典序曲」と同時期に作曲。出来上がった後、直ちに4手ピアノ用の楽譜を作成し、1880年9月13日、クララ・シューマンに誕生日の祝いとして寄贈。その日、一緒に連弾して楽しんだといわれる。初演は、同年12月26日、ウィーンで。
 作品は極めて力強く、肯定的な性格を持っており、「悲劇的」の名から受ける予想に反する面もある。明快なソナタ形式で、堅固な構成を持ち、体位法的展開、長調・短調の対比など、いかにもブラームスらしい筆致に貫かれている。
 作曲の直接の動機は不明。作曲当時、ウィーンの劇場から「ファウスト」上演の作曲の依頼を受け、そのための序曲を着想していた。これが母体であるとの説がある。これは、劇場側の都合で流れてしまった。
 作曲の前年の79年2月16日に、クララの息子・フェリックスが世を去った。ブラームスは、かつてフェリックスの詩に曲を付けたことがある。1880年1月4日には、親友の画家・フォイエルバッハがヴェネツィアで真価を認められず亡くなる。この親友の死を悼んで、81年夏には合唱曲「哀悼歌」を書き、それを親友の義母・ヘンリエッテに捧げている。
 ブラームス自身も耳を悪くしており、友人ヨアヒムとの友情にあつれきを感じたりで、人生の暗い面を味わっている。このような気分も、曲に影を落としているようだ。
 曲はソナタ形式に従っていて、悲劇的な情熱を持つとともに、力強い性格も秘めている。ニ短調アレグロ・ノン・トロツポで始まり、力強い二つの和音に続いて、弦になだらかに第1主題が現れる。この主題を発展させて十分に盛り上がった後、経過部を過ぎてから、ヴァイオリンに柔和な第2主題が登場する。展開部は、第1主題を入念に扱う。再示部に続く結尾は、第1主題に基づいて行進曲的でもあり、クライマックスを強調するような内面的な力をもっている。

 2/2拍子 アレグロ・ノン・トロツポ

★ブラームス 交響曲第4番 ホ短調 作品98

 亡き師・シューマンの妻クララへの激しい恋に身を焼きながらも、生涯、独身を貫いたブラームスの曲には寂蓼感が漂う。
 この曲は「驚くほど美しい所で、魔法のような月の一夜を、あなたと共に過ごしたいと思う」と、クララに書き送った場所で、第1楽章と第2楽章が書き上げられ、翌年(1885)夏、同じ地で全曲の完成を見る。そこはウィーンの西南、シュタイヤーマルク地方のミュルツツーシュラークであった。
 せつなき恋の懊悩が、胸奥から込み上げるような冒頭から、全曲を通して悲傷感が色濃く染める。様式的には、古い手法や形式が用いられ、表だった情念は影をひそめて、50歳を過ぎたブラームスの孤独感と、枯淡の情熱が底に流れている。迫り来る老いを身近に感じ始めたブラームスの心象風景であるかのようである。
 初演は、マイニンゲンの宮廷劇場(1885.10.25)。指揮はブラームス自身。マイニンゲンの公爵は、ブラームスの良き理解者で、初演は大好評を得て、第3楽章が再び演奏され、特に公爵の希望で、第1、第3楽章が繰り返して演奏されたという。
 手法、語法的にはバロック時代、あるいはそれ以前にさかのぼった音楽からの影響を示しているが、ブラームスは、古い音楽に興味と共感を持っていて、意識的、無意識的にそのような音楽での技法をしばしば取り入れてきた。この曲は、そうした方向の一つの締めくくりといえ、終楽章ではパッサカリアが用いられている。
 パッサカリアはバロック時代に愛好された形式で、いつの間にか同形のシャコンヌと区別されずに、この名称が使われるようになった。短い主題を低声部で何回も繰り返し、その各反復の上に変奏を築いていく。ブラームスは、変奏曲の大家といわれ「ハイドン変奏曲」でパッサカリアを復活させ、この第4交響曲でも用いたのであった。

〔第1楽章〕 アレグロ・ノン・トロッポ 2/2拍子
 深い憂愁感をたたえた切々と訴えるような第1主題で始まり、第2主題は、チェロの柔和な句を主体とする弦と木管で。展開部は、第1主題の処理で始まり入念に進む。ほぼ公式通りの再示部があって、結尾は第1主題を扱いながら力を増していき、その頂点で楽章が蹄めくくられる。

〔第2楽章〕 アンダンテ・モデラート 6/8拍子
 穏やかでゆるやかな楽章。孤独さの中に、どこか温かさがある。古い教会音楽が随所に用いられ、全体にしっとりとしたくすんだ感じが。展開部のないソナタ形式をとり、ホルンと木管のフリーギア旋法による古めかしい感じの序奏。これに基づく第1主題がクラリネットとファゴットの体位法を伴って現れる。経過句の後に、ヴィオラが第1主題を出して、曲は再現部に入る。結尾は第1主題を思い出のように回想する。

〔第3楽章〕 アレグロ・ジョコーソ 2/4拍子
 ソナタ形式をとり、スケルツォに相当するが、感傷的な孤独感もある。トライアングルの響きは極めて効果的で、明るい陽気さよりも、シニカルな味わいが。

〔第4楽章〕 アレグロ・エネルジーコ・エ・パッショナート 3/4
 感動的な迫力。冒頭の音階風の単純な主題によるパッサカリア。この主題は31回繰り返される。全変奏を通して探々とした諦感が流れる。その間、調性は大きく変化しないが、平凡・単調に流れることなく、あるときは明るく、あるときは悲痛に、またあるときは哀感を示す。全体を一つのソナタ形式風にまとめ上げて、全曲を締めくくるにふさわしい楽章。

(第51.52回「宇宿允人の世界」演奏会プログラム 1993.4.1-2)

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