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二、大江山の童子、京の都を荒らす

　丹波の山奥に入った童子は、丹後に移り大江山（おおえやま）に住む山賊（さんぞく）の頭（かしら）、酒呑（しゅてん）童子のもとに行き、茨木童子と名乗って副将格になった。童子は手下を従えて近くの村や町、または夜の都に出没して金銀財宝を盗み、人を殺し、女を攫（さら）った。女で役に立つ者は召し使いにし、劣った者は喰い殺した。
　都や地方の役人は、童子らの神出鬼没（しんしゅつきぼつ）と怪力（かいりき）に手がつけられなかった。人々は童子らを鬼と呼んで恐れ、都は日暮れともなれば戸を閉じ、街は百鬼夜行（ひゃっきやこう）のかたちとなった。

三、源頼光、大江山の鬼を退治する

　源頼光（みなもとのよりみつ）は時の帝（みかど）の命をうけ、渡辺綱（わたなべのつな）、坂田金時（さかたのきんとき）、碓井貞光（うすいのさだみつ）、卜部季武（うらべすえたけ）の四天王や平井保昌（ひらいやすまさ）、その他五十余人の勢（ぜい）を率いて大江山の鬼退治に出発した。頼光たちは山伏（やまぶし）姿に身を変えて、鎧兜（よろいかぶと）や太刀（たち）を笈（おい）に入れて背負い、京の都を出て山陰道（さんいんどう）を下る。大江山近く二瀬川沿いに山を登って行くと、川辺に一人の若い女がシクシク泣きながら、血だらけの衣服を洗濯していた。女は頼光たちをみると「おおありがたい。あなたは噂（うわさ）に聞いた頼光様でございましょう。わたしが鬼ヶ城にご案内いたしますから、なにとぞ早く鬼めを退治して下さい」と言う。頼光は四天王ら十人をつれ、残りを物陰に忍（しの）ばせる。女の案内で鬼ヶ城の城門に向かうと、黒鬼と赤鬼が門番をしていた。女が「この方たちは山路に迷ってお困りの様子でした。お気の毒に思い、しばらくお休みなさるように、ここまでお連れしたのです」と言う。門番は、まさか頼光主従（しゅじゅう）とは気がつかず、これはよい獲物がきたと思って「ウンそれはよい事をした。とにかく奥へ案内して大将に申しあげるがよい」と通す。頼光主従は難なく鬼ヶ城の洞窟（どうくつ）に入った。洞窟のなかを窺（うかが）うと、財宝で飾られていて、それは眼をみはるばかりであった。
　酒呑童子は、ほんとうの山伏が来たと思って一行をもてなし、酒や肴（さかな）を出した。鬼どもの酔いが廻り始めた頃をみて頼光らは笈（おい）の中から鬼殺しの強い酒を出し、童子らにすすめた。この酒は飲むと神通力を失ってしまうという強力なものである。やがてすっかり酔った鬼どもは、よろめきながら奥の寝所に入る。しばらくして奥から、雷のような高鼾（いびき）が聞こえてきた。頃は良しと 頼光主従が奥を窺（うかが）うと、いままで人の姿と見えていたのが、恐ろしい鬼神（きじん）の正体を現わして眠っている。味方の伏勢（ふくぜい）に合図して、頼光主従は奥へ斬り込んだ。
　激しい闘いが続いた。頼光は酒呑童子と、渡辺網は茨木童子と切り結ぶ。坂田金時らは、それぞれの鬼と切り結ぶ。やがて洒呑童子は頼光に組みついてねじ倒し、一口に喰わんとするのを、頼光は下から刀を突き上げて二、三度刺し通す。酒呑童子がひるむところを見てヤッとばかりにその首を打ち落とした。これを見た茨木童子は、とてもかなわぬと思って綱を払いのけ、洞窟の外にとび出してどこかへ逃げ去ってしまった。ほかの大勢の鬼どもは、ほとんど退治されてしまうのである。頼光は攫われてきた三十余人の女たちを助け出し、酒呑童子の首をもって都に引きあげた。

四、茨木童子、波辺綱に腕を切り取られる

　頼光は五月雨（さみだれ）の降る夜、綱、金時、貞光、季武、保昌らと酒宴（しゅえん）を催（もよお）した。何か珍しい話はないかと尋（たず）ねると、保昌が近頃、街の噂では、九条の羅城門（らじょうもん）に夜ともなれば鬼が出るという。日が暮れると誰も恐れて通らないそうだという。綱はこれを聞きとがめ、「羅城門は都の南門である。そんなところに鬼が出るはずがない」と言った。保昌は「これは世人もよく知っていることである。不審に思われるなら、今夜にでも行って郡かめられたらどうか」と言い返した。こうなれば豪の者の綱としては後へは引けない。さっそ鎧兜（よろいかぶと）に身を固め、重代（じゅうだい）の太刀をはいて、従者も連れずに唯（ただ）一騎、羅城門に向かった。京の町は鬼の出没（しゅつぼつ）に脅（おび）えて大戸を閉め、通行の人影もない。夜は更けて雨はひどく羅城門に近づくと突然ゴーッと一陣の烈風が吹き抜けた。馬は物の怪（け）におびえたか、一声高く嘶（いなな）き、身振（みぶる）いして棹立（さおだ）ちになる。やむなく馬を乗り放して門に進み寄り、石段を上がると、たずさえてきた証拠の高札（こうさつ）を取り出して段上に立て、しばらく様子を窺う。
突然後ろより兜（かぶと）の錣（しころ）をつかむ者がある。すわや鬼神推参（すいさん）なりと太刀を引抜き、兜の緒を引きちぎって石段をとび降りる。茨木童子は手に残った兜を投げ捨てて綱を睨（にら）んだ。その物凄（ものすご）さは たとえようがなく、両眼はランランとして日月（にちげつ）のようであった。綱は少しも恐れず、太刀をふるって切りつける。
　格闘が続き、やがて童子が組みつこうと両手を拡げて飛びかかる。綱は一瞬隙（すき）ありと太刀を横に払えば、童子の片手がどさりと切り落とされた。童子はすかさず脇築地（ついじ）に飛び上がる。なおも追わんとすれば、俄（にわ）かに黒雲が童子を覆（おお）い、綱は遂に童子を見失ってしまった。綱は、切り落とした松の木のような腕を我が館（やかた）に持ち帰った。

五、茨木童子、叔母（おば）に化けて腕を取り返す

　綱が鬼神の腕を切り取ったという事は、都中の評判になった。陰陽師（おんようじ）は、七日のうちに鬼は必ず腕を取り返しにくるという。そこで綱は腕を唐櫃（からびつ）の中に納め、門を閉じて舘（やかた）に籠（こも）り、仁王経（にんのうきょう）の読経（どきょう）を続けていた。
　満願（まんがん）の七日日の夜、門戸をホトホト敲（たた）く音がする。綱が「今夜は訳あって誰にも会えぬ」と言うと、婦人の声で「妾（わたし）はお前の叔母の真柴（ましば）である。久方（ひさかた）ぶり摂津（せっつ）の国よりお前の顔を見たくて訪ねてきた」と言う。綱は、「たとえ叔母でも今夜は満願の夜だから、あす出直してほしい」と断った。叔母は「何という薄情なことをいうのか。お前は幼い時、夏の暑い日は扇（おうぎ）の風で凌（しの）がせた。厳冬（げんとう）の寒い夜は衾（しとね）を重ねて暖めた。あれ程 可愛がって育ててやったのに」と涙声。立ち去る気配もない。
　情（じょう）に脆（もろ）い綱は、門戸を開けて叔母を招じ入れる。叔母は「近頃お前は鬼の腕を打ち取ったとかで、世間では大変な噂じゃ。妾（わたし）は年寄り。冥土（めいど）の土産（みやげ）に鬼の腕とやらを見せておくれ」と強いて綱に望んだ。綱はやむなく唐櫃から腕を取り出し手渡すと、その腕をしげしげと見つめていた叔母は、たちまち変化（へんげ）の本性（ほんしょう）を現（あらわ）し、いつしか物凄い悪鬼（あっき）の形相（ぎょうそう）となった。綱は大いに驚きながらも太刀を抜き、ハッシとばかりに切りかかる。が、鬼面恐しい茨木童子は、一陣の烈風を巻き起し、屋根を突き破って何処（どこ）かへ飛び去ってしまった。

六、茨木童子、生家（せいか）を訪ねる

　童子の生家の父は年をとっていた。我が子の悪い噂を聞くにつけ、辛（つら）い思いの日々を送っていた。そして心労が重なり、重い病に倒れてしまった。
　ある夜、老父が寝ていると、童子がいくらかの金銀を持ってふらりと帰ってきた。老父が わけを聞くと「わしは神通力（じんつうりき）を持っている。遠く離れていても親父が病に倒れたのが判るので、見舞いに来たのだ」と言う。老父は涙を流しながら、「世間を騒がせ、人様に迷惑をかけるような者は子でもない。夜の明けぬうちに早く立ち去れ」と金銀を突き返した。童子は やむなく姿を消し、その後ふたたび生家に戻ってくることはなかったという。

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